拳の備忘録

はい
これはあるいはライブレポではないのかもしれないけれど、書き残しておかなければいけないと思ったので。
こういう感情はすぐに過ぎ去ってしまって後ろ髪を掴むことは出来ないので、いつかの自分のために。

とにかくエネルギーの塊だったということしかなく、大変なものでしたね。今21時というのが信じられない。さっき電車に飛び乗ったところのはずではないのか?腰と首が終わっています。全部終わりだ。

このライブはイミテーションメサイアから始まりました。これは僕の中でという話です。この曲の途中、僕より前の人間が最前に向かって駆けていく場面があって、1部は大人しくしておこうかなと考えていた部分もありますが、中途半端だな、と思ったのです。
大学だってたまに休んだりしてぐだぐだ行っているし、差し伸べた手を握りきることすらままならない。いまマイクを持っている人間は、きっと全てを突き抜けて好きなことをやってきているし今この瞬間だってそうであろうのに、僕はこの最高のライブで足を1歩踏み出すことすらできないのか。
演奏と声とが全部ばらばらに聞こえて、他の観客たちが意識の中から遠ざかっていって、時間の流れがぐっとゆっくりになって、そっからはもう何もわからない。そういう音楽の聴こえ方がする日は大抵大きさの大小はあれど決意の夜であることが多くて。やりたくない事もやらなきゃいけないし、楽しいこと、やりたいことは全部やらなきゃいけないなとそう決めました。とにかく、全部でこのライブを楽しもうと。霖堂帳をそういう人間として再定義して逆輸入するか、みたいな試みをしようとした気もしますが全部どうでもよくなった。WODを初めとする暴れる試みに参戦するの実は初めてで、なるほどこれが音楽に酔うということかとなりました。ボロッボロになりましたがまあたのしかった。そんな感じ。

2部。
ボロボロなので後ろから。やめておこう意に反して無限に身体が動くのは不思議なことで、推しの力でしたね。すごい。人間はここまでトリップできるんだ。歌が終わる度にもう無理だって思うんですけど、歌が始まると腕が上がるし頭は動くんですよね。
空に歌えばで体の動きが止まってしまって。みんなが暴れ出す中でどうしようもなく立ち尽くして縋るように腕をあげることしか出来なくて、ぐるぐると思考が巡りだして、ああ、結局自分はこういう音楽の聴き方に戻ってきてしまうのかってちょっと悲しくなってみたり。すぐ前に本家をライブで体験しても、全く違う歌になっていて歌詞に与えられる意味も全然違って、やっぱりぐっと響きました。語りがどんどん上手くなっていく。
いやーイミテーションメサイアですよ。祈るように伸ばした両手の内側に確かにタラチオさんがいて、上手く形容出来ないんですが、確かに在るなと。こんなことを書くと怒られるかもしれないんですが、届きましたよね、手が。
死にたがり。死ねないですよね。本当に。僕の好きな音楽、全部繋がってるんだなって。
あとは終わり。後ろの方で程々に暴れまわってたら終わった。謎の現象。明日は起きれないだろうし雑魚なので多分3日4日痛いまんまな予感がしている。

書きたかったことはそれぐらいです。最高に